79歳を迎えて

今日、私は至って元気に七十九歳の誕生日を迎えた。もう一年すると八十台に突入することになる。七十台の最後を送る今、どのような気持ちでいるか、後日のために書き残しておかなければならない。後期高齢者入りしてからもあっという間に四年が過ぎた。が、いまだ一向に齢が行ったという自覚がない。それどころか一時に比べて若返った、元気になったというのが、強がりでなくて本当のところだ。七十歳の古希を迎えた頃から時々、徒然なるままに年寄りになっていく心境をエッセーとして綴ってきたが、それらを今読み返してみても、その頃の方が今よりも年寄り臭かったと断言できる。

 定年の六十二歳から今の七十九歳までの越し方を少し振り返ってみよう。現役の頃は仕事や人間関係のストレスで疲れ、フランス語でいうセラヴィー(これが人生か)といささか諦めの境地にあったが、定年でそれらから解放され、引っ越した湘南国際村の新地で自分でも気付かなかった未知の自分に遭遇したのが六十四、五。その頃から妻の企画するクラシック音楽の素人評論をし、生まれて初めて絵筆を握って油絵を描き、五行歌なる詩歌を作り、徒然なるままにエッセーまで書くというビジネスマン転じてアーティストもどきの生活を送るようになった。
 精神的に充実してくると、肉体的にも張りがあり何の衰えも感じなかったので、七十歳のときには「古希通過展」と称して絵画、五行歌、音楽評論、エッセー集の個展まで開いた。七十二、三からは欲が出てそれらに加えて書もやり出し、新たな境地を味わった。定年から十年が経ち、俗世から離れた好々爺の心境になっていた。当時、音楽関係で海外に旅することも度々、元気そのものだった。
 「健全な精神に健全な身体は従う」と当時受け止めていたが、七十三歳と数か月した時、定年後初めて健康診断を受けたら前立腺ガンの疑いがあることが判り、京都で二か月間入院するはめになってしまった。しかし、幸い大事に至らず全治するほどに回復したが、時あたかも後期高齢者入りの頃で髪の毛は薄くなり、少し疲れ気味の様相が出てきた。
 退院したのが2011年の暮、明けた翌年正月頃からどうしたわけか家で食べる料理が何もかも美味しい。妻に訊くと最近、料理はすべて水素水でやっているという。なるほどその水がものを言ったのだ。野菜も米も最近は農薬や防腐剤漬け、つまり酸化しているわけで、それが水素水で還元されてきれいになっていたからだった。酸化とはサビのこと。水素水で還元すれば、サビがとれて文字通り、元に還るわけだ。そう合点した私は、私のこのサビた身体も水素水を飲めば、きっとサビがとれるだろうと思い、この三年間飲み続けた結果、まさしく若返ったのだ。薄くなっていた髪の毛はまた生えてきたし、顔艶はよくなったし、ツルツルだった足の脛にまた長い毛が生えてきて正直驚いた。
 もう一つ、いいことがある。それは、チタン、ゲルマニウム、カーボン、シリコンなどの素材からできた「枕」を首の所にあてがいながら毎晩眠ると肩が一切凝らなくなったことだ。昔はよく肩を凝らしたもので、読書好きだが歳が行くに従い長く読み続けると目がショボショボして肩が凝る。そうなると疲れて元気がなくなったが、今ではいくら本を読んでも、パソコンしても翌朝すっきり目覚めて一日中疲れ知らずの元気さで日々暮らしている。
 チタンやゲルマニウムは体内の電流を調整することにより、その熱で凝った筋肉をホグし、カーボンは炭で、炭が放射する波動エネルギーで血行をよくし、シリコンは大量のマイナスイオンを帯びた物質だから、そのマイナスイオンであらゆる代謝を助けるという。石原裕次郎の「錆びたナイフ」ではないが、私の錆びた身体も水素水でまたピカピカに光り、このような物質素材で脳みその切れ味も少しはよくなっていると思っている。ここに来て私の思いは逆転した。やはり「健全な身体に健全な魂は宿る」ものだと。
 水素水は海馬にもよく効きアルツハイマー病の治療に使われているとも聞く。この関連で私の最近の体験を述べてみよう。それはNPR(National Public Radioの略。アメリカ国内放送の一つ)の聴き取り感度が非常によくなってきたことだ。五十歳を回ってから海外放送の英語を一から聴くような奇妙なことに挑戦し出したのは日本広しといえども私ぐらいかも知れない。最初の十年間の体験を「私の英語遍歴」にまとめて定年時に自費出版したが、正直その出版時点ではまだまだ放送内容が聴けたものではなかった。
 しかし、ここにきて放送内容が英語というより意味として、要旨として七割程度理解し始めたと思うことだ。ここまで来た以上、あと一年、八十歳の傘寿の時点で八割五分ぐらいにはもっていきたいものだ。
 音声医学専門のアルフレッド・トマティス博士が、「四十歳を過ぎたらバイリンガルになるのは昔から不可能というが、それは根拠のない説、九十歳まで可能だ」と言っているが、私はそれを自分で証明したいと思っている。
 そのためにも今後も水素水と枕は欠かせない。歳が行くに従い衰えるのは当たり前、病気するのもやむを得ない、これは自然の道理、そうかってに思って人生を諦めたくない。コーカサス地方の百歳のようにそれまで元気に生きて十日間でコロリと行くようなお年寄りに私もなりたい。
(水素は元素の中で一番小さく、一番軽いものである。したがって容器から少し時間が経てば、みな抜けて逃げていく。私の愛用している水素水や水素蒸気はその場で精製したものだからよく効くものと思われる。)(2015.3.22)